『妻が死んだ街』 昭和30年 朝日新聞記事より一部引用
今回は人材ビジネスに従事している人たち、すべてに以下の話を紹介したい。もちろん、人材ビジネスに従事していない人たちにとっても、ぜひ読んでほしい話である。これがボクたちの人材ビジネスが直面している現実であることを、胸に刻んでこれからも仕事をしていくべきであると思うからだ。
昭和30年10月 朝日新聞記事より S君(27歳)の妻はこの8月に服毒自殺した。失業中の彼の目の前で。(中略)むし暑い晩だった。私はその朝、横須賀の駐留軍要員がダメだったという知らせを受け取り、一日中むしゃくしゃしていた。明日もまた早起きして、職安回りをしなければならない。 米びつは空っぽだ。妻がその晩アルバイトに行くことだけが頼みだった。ところが「疲れているから行かない」と言い出した。一週間前、生みたいという妻を説き伏せて無理に流産させたので、疲れていることはわかっていたが、思わずかっとなってさんざん殴りつけた。「行って来い」と力ない妻を玄関に突き飛ばした。結局妻は行かなかった。そして寝る前に私のこれからの就職夫婦の愛情問題まで追及してきた。私は例の愚痴だとは知りながら、「じゃ別れよう」と言ってやった。夫婦になって始めていった言葉だった。翌朝10時頃目が覚めた。猛烈に腹が減っていた。妻は布団をかぶったまま起きなかった。「お前は俺に飯を食わせないのか」と怒鳴っても反応がない。私は家主から米を借りてとぎはじめた。すると妻が私を呼んだ。しぶしぶ部屋に戻ると妻はもう一度私の名を呼び、小さな声で「さよなら」と言った。そばに小さなビンが転がっていた。青酸カリだ。胸がドキンと波打った。「バカ!吐け、吐くんだ!」こう叫ぶと私は妻の口に指を突っ込んだり、背中をたたいたり、もう無我夢中だった。だが、医者にかけつける車の中で、私のクビにしがみついていた妻の両腕がガックリと弱った。妻は、私の胸に顔を埋めたまま息を引き取った。
この話を読んで、皆さんはどう思っただろうか。時代背景は今と違う。この時代は失業すること、イコール食べていけないこと、つまり死ぬことであったという。ボクたちの現代は、失業しても食べていけないことはない。まして死ぬこともない。しかしことの本質は、今も昔もかわりがないはずである。人材ビジネスに従事する者は、お金儲けのためにやってはいけない。人助けをしたい者だけが取り組むべき仕事である。ボクはこの教訓を、ただのキレイゴトとは思いたくない。
