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「デキる上司は休暇が長い」
小松俊明 著 (あさ出版)

2003年07月27日

夏休み in 長野

今年の夏休みは梅雨が予想外に長引き天気が心配だった。しかし幸い計画を変更するほどのことなく、今年は楽しい夏休みになった。久しぶりに日本のペンションに泊まったのだ。多分10年ぶり以上だと思う。田中康夫が知事をつとめるあの長野県に行ってきた。

ビーナスラインを中心に、白樺湖、蓼科高原、車山高原、霧ヶ峰、清里などに行ってきた。田中知事のおかげというわけでもないのだろうが、ビーナスラインが無料になっていた。そのためか結構、車が多く、平日というのに、車のナンバーを見ると、関西方面、隣県の岐阜などのナンバーが多かった。

ニッコウキスゲが一面に咲く霧ヶ峰付近はとてもきれいだった。僕ら家族が泊まったペンションは、白樺湖半から近い別荘地の中にある、丸太小屋をもうちょっとモダンにしたような、なかなか素敵なペンションだった。川崎に住むというオーナーがお客さんの予約が入るとオープンする、とてもアットホームな場所だった。

考えてみると、長い海外生活から帰国して早2年以上が過ぎる。このような日本的な車旅行からは、本当にご無沙汰していた。帰りの中央高速は調布をこえたあたりから結構混んでいて、さらに首都高速は事故車で渋滞していた。こんな渋滞も日本の風物詩だったかなと、本来なら嫌な渋滞も楽しめる余裕があった。今回、久しぶりに日本らしい夏休みを過ごせたことは、本当に良かった。

さあ、明日からまた仕事だ。

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2003年07月21日

社長をサーチする

社長をサーチすることは、ヘッドハンターの仕事の中でも技術と器量を一番問われる仕事である。私は現在、4つの会社から社長サーチの依頼を受けている。これほど、社長のサーチが同時期に重なることは珍しい。すべて外資系企業であるが、状況はそれぞれ異なる。

ひとつは、 新規進出するメディア会社の社長である。スタートアップ企業であるが、日本の企業との合弁になるため、既存の組織がある。2件目は、人気のアパレル会社の社長である。現在社長不在であり、早期の社長就任が求められている。
3件目は、部品会社の社長である。製造は中国でやっているために、日本オフィスの役割は、主にセールス&マーケティングである。社長不在のため、早期のサーチの要請がある。4件目は、工業品の製造販売会社の社長である。歴史のある中堅企業であり、社長が引退するためにその後任を探すことになる。

通常は、営業部長やマーケティング部長のようなサーチに取り組むことが多いが、社長のサーチは独特である。まず社長のサーチといっても、いくつか種類がある。非常に規模が大きく、企業の認知度も高いタイプの企業。この場合、同等クラスの企業の現職の社長をスカウトすることが多いが、その場合、時間がかかる。

次にスタートアップ企業の社長のサーチがある。たとえば、新しくフランスからチーズ会社が日本に入ってくるという場合などである。この場合、まだ日本には会社が存在していないので、新社長の役割は会社の設立、スタッフの採用、オフィスの選定など、すべて新しく作り上げていく作業が含まれる。中大規模の現職の社長よりは、 やり手の営業部長タイプの人材が適任である。
次にあるのが、10人から20人程度の小さなオフィスの社長である。現職の社長で同規模の会社の経営をしている人材か、またはじめて会社の社長になるやり手の営業部長タイプの人材が適材であることが多い。

社長にもいろいろな人がいる。景気が悪いため、社長もつらい。実績が出せなければ、外資系の社長には厳しい現実が待っている。一度社長を経験した人の次のキャリアは、やはり社長であるのだが、実績を出せなかった社長が次の仕事を見つけることは意外に難しい。責任を取らされた社長の多くは、次の仕事が見つかるまでの間、失業しているケースも少なくないのだ。社長になるのも、今の時代、なかなか厳しい時代である。

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2003年07月12日

自分の仕事に誇りを持つこと

「愛情豊かな人間であるかどうか」、これが自分の仕事に誇りを持てる人と、そうでない人の分かれ目であるように思う。「子供の好き嫌い」という話を例に話をしてみたい。

仕事柄多くの人と出会うが、最近、「子供が嫌い」 と公言する女性と出会った。初対面であった。独身の30代半ばの女性だが、キャリア志向が強く、転職を希望していた。ボクは心の奥深いところで、子供の好き嫌いがあること事態は個人の勝手だと思った。ただ引っかかったのは、このようなことを初対面の相手に、平気で公言すること。ボクに子供がいることを知っていて、さらに無神経にもそういうことを言うのだから、失礼な女性だなとも思った。ボクは正直なところ、不快であった。ボクは子供が好きである。彼女の発言は、タバコを吸わない人の横で平気でタバコを吸う人のあつかましさと似ている。案の定、彼女のヴィトンのバックからは、メントールのタバコとジッポライターがのぞいて見えていた。

世の中にある弱い存在のひとつ、それが幼い子供たちである。弱いだけでなく、それがゆえに虐待もされている。そしてボクたち人間社会の未来を担うのが子供たちの存在でもある。大げさなことやキレイ事を言いたいのではない。いずれ高齢化していく自分も含めて、今の子供たちと一緒に社会を支えていくという現実は、誰にでも訪れる近い将来の姿である。こんな当たり前の状況があるにもかかわらず、「子供が嫌い」と公言する人物の未熟さには、温厚なボクも(!)久しぶりに怒りを感じた。「猫が好き、犬がキライ」といった議論をしているのとは話が違うのだから。

「どうして、子供が嫌いなんだろう。」 ボクには他の惑星から来た宇宙人に見えるこの女性に、怒りを抑えて聞いてみた。「子供が嫌いと言うアンタも、今でも誰かの子供だよな」 のど元まででかかった言葉を飲み込んだ。案の定、この女性は独身で、親元から仕事に通っていると言う。自分は子供として親に甘えるだけ甘えておいて、「子供が嫌い」というのだから、勝手なものである。

彼女の主張をまとめると、実にシンプルであった。「うるさい、ちょろちょろする、自分勝手、 汚い、しつこい。」 だから子供が嫌いということだ。最初は冗談かと思った。でも考えてみれば、過去にも数回、「子供が嫌い」と公言する女性に出会ったことがあるが、似たような理由を言っていたな、と思い出した。ボクが出くわした、「子供が嫌い」と公言する女性のほとんどが、生意気で男にモテそうもない女性たちだったことは興味深い事実である。

「子供が嫌い」と言い放つことが、何かクールでかっこいいとでも思っているのであろうか。こういう女性は、男性だけでなく女性の敵でもあるのだろう。実力もないのに、上昇志向だけ強いのも、こうした人物に共通している。こうした女性は、世の中の主婦をバカにしていたりもするのだ。

うーん、確かに子供って、「うるさい、ちょろちょろする、自分勝手、 汚い、しつこい」ところがある。ボクには二人の子供、息子と娘がいるが、確かに「うるさい、ちょろちょろする、自分勝手、 汚い、しつこい。」 特に小学生に上がった息子など、まさにそのままズバリであるから、ちょっと笑えた。だけど、だからこそカワイイ。このことに説明はいらないと思うのだが、どうであろう。本当に汚いんだけど、息子のものだったらさわれるし、何かその汚さがワクワクする。

自分の仕事はどうだろうか。職場は小さな社会である。「うるさい、ちょろちょろする、自分勝手、 汚い、しつこい。」 そんな人たちが身のまわりにたくさんいるのではないか。 自分も、気がつかないだけで、誰かにとって、そういう存在になっているかもしれない。同じ会社で働いていれば、 一緒に会社を支えていくという現実があることは言うまでもないことだ。若手社員もいれば、ベテラン社員もいる。給料泥棒もいるし、独裁者もいるかもしれない。それが会社の現実だ。

先述した「子供が嫌い」な転職希望の女性は、上司との関係が悪いそうだ。上司が気に入ったスタッフのみを優遇しているという不満があるそうである。ボクは彼女の上司が気の毒になった。多分、この女性は自分の面倒を見てくれる人たちの存在に気がついていないだけなのだろう。そもそも彼女は自分の仕事に誇りをもっていないのだろうか。できるだけ早く今の仕事をやめて、もっと稼げる別の仕事につきたいといっていたから、彼女にとって、楽にたくさん稼げる仕事につけることが夢なのであろう。

ボクは誇りを持って自分の仕事を行っていきたい。そのためにも、愛情豊かな人間でありたい。「うるさい、ちょろちょろする、自分勝手、汚い、しつこい。」 いいではないか。職場や社会にはいろいろな人がいるし、自分だって完璧ではない。もっと余裕を持って生きたい。自分の仕事に誇りを持っていれば、自分の身の回りにいる「うるさい、ちょろちょろする、自分勝手、 汚い、しつこい」存在は、愛すべき存在になる。

子供たちが 「うるさい、ちょろちょろする、自分勝手、 汚い、しつこい」くらいのことは、どうってことないではないか。温厚なボクが(!)、久しぶりにちょっと熱くなってしまった出来事だった。「子供嫌い」な方、この日記を偶然見かけてくれたのなら、お願いだから、「子供嫌い」を公言しないでほしい。タバコを横ですわれることくらいなら我慢するが、二人の子持ちで、子供を愛している男の前で、不用意な一言は今後避けるように!あなたはそんな一言をお忘れだろうが、言われたほうは、いまだに気にして、こんな怒りの日記を書く羽目になってるのだから。(笑)

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2003年07月06日

編集者とヘッドハンター

若手編集者の集まりに参加した。ボクは定期的に編集者の集まりに顔を出す。よって顔なじみの面々もたくさんいる。一方、はじめて会う人もいる。編み物雑誌や少女コミックなどの編集者など、普段はなかなか縁がない人と出会うことは、とても刺激に満ちている。もちろん中心は、やはりビジネス書、文芸書などの編集者であるが、なかには複数の雑誌で筆をふるう、実力派のフリーライターもいたりして、とても面白い。

ボクは、編集者と話をすることがとても好きである。彼らの仕事は、ヘッドハンターという仕事と共通点がたくさんあるからだ。一番顕著な共通点は、どちらの仕事も人をプロデュースをする仕事であるという点である。ヘッドハンターは、ビジネスマンをプロデュースできて一人前である。編集者は、著者をプロデュースしながら、一冊の書物を作る。編集者を英語でエディターと言うが、「エディティング」(編集する)とは、プロデュースすることと同義語である。

ヘッドハンターは、キングメーカーである。自分が社長になるのではない。社長や経営幹部を発掘し、プロデュースするコンサルタントである。編集者は、著者ではない。ベストセラーを作りだすヒットメーカーである。 悩みも喜びも、ヘッドハンターと編集者には似たところがある。僕は、これからも編集者と仲良くしていきたい。

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2003年07月01日

ガマンできること・できないこと

感情を抑えられない瞬間とはどういうときだろうか。たとえば、肉親に不慮の事故がおきたとき。自分に備えのない出来事に直面することは、大変つらいものだ。一方、ガマンできない瞬間とは、どんなときだろうか。これは難しい問いかけだ。ガマンできること、できないことの線引きが難しいからである。人によっては、ガマンできないことのハードルがかなり低くて、その結果、怒りをコントロールできなくなる人がいる。相手を傷つけても、自分の怒りを発散させることを優先する人がいる。人間は社会生活をしている以上、こうした人と遭遇することを避けることはできないのかもしれない。そのため、たまにこうしたガマンできないことからくる怒りの発散を気軽にする人によって、自分が傷つけられることがある。最近僕の近くにいる人が、怒りを爆発させ、その結果その人に誠意をもって接してきたことがすべて水の泡になってしまった。ボクは実に悲しい気持ちになり、なんだか喪失感を感じた。ガマンすることはつらいことだが、自分がガマンできないことによって人に迷惑をかけることがあるということを、ボクは他人の行動からあらためて学ばされた気がした。 先週末、僕は3年ぶりに深酒をした。こんなに酒を愛した夜は久しぶりだった。

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