人生の転機は自ら作りだす
人生には何度か転機があると思います。後から振り返ってアレが転機だったなと実感することこそが転機ですが、偶然性の高い転機よりも、自分が勇気を持って一歩を踏み出したことによってそれが転機になったと実感できる転機のほうが、さらに自分のその後の人生に対するインパクトが大きいように思います。つまり、転機というものは、結局、自ら作り出すものではないかと、僕はしみじみ自分自身を振り返ったときに、そう感じています。
ちなみに僕にとって人生の転機はこれまで5回ありました。これまでの39年の人生の節目といってもいいかもしれません。これからもいくつもの転機が訪れるのだと思いますが、まずはここまでのところを振り返ってみたいと思います。
最初の転機は14歳のとき、父親が米国駐在になった際に、自分はついていかないという決断をしました。もしあそこで米国にいっていたら、僕の人生は大きく違った方向に進んでいたかもしれません。結果として若くして親元を離れたことで、自立心はとても高まりました。
次の転機は大学時代、米国に留学したことです。中学時代に米国に行くことを断念したからというわけではないのですが、逆に自由な大学生になって、特に打ち込むものが見つからずすごしていた自分が、初めて自分の意思で留学を決意し、実現してしまいました。このときに、異文化コミュニケーションを学びました。
そして3回目の転機、これは初めて勤めた住友商事を辞めて海外に拠点を移したときのことです。いわば27歳にして、サラリーマンをやめて、海外で起業するというチャレンジに挑戦してみました。このときに同時に結婚もしましたから、今思えばずいぶん勇気あるな(無謀?)と思います。自分の力で手探りに何かを作り出すということを毎日繰り返していた6年間でした。
4回目の転機は、外資系のヘッドハンターになったこと。自分が得意だったこと、つまり営業・英語による異文化コミュニケーション・人との折衝などを生かし、帰国後ヘッドハンターになりました。幸い、この分野で実績を残すことができ、今日に至っています。執筆活動をしたり、広く業界の有力者とお付き合いするなど、ビジネスとしての広がりも出てきました。
5回目の転機、これは父がなくなったことです。自分にとって、大きな心の支えを失いました。本当に心に大きな穴があいた感じです。自分を常に評価して応援してくれていたそんな父という存在を失い、僕は少し漂流しているように思います。僕自身、二人の子供の父親であり、彼らのことを考えると、いつまでも漂流しているわけにはいきませんが、それでも自分の生き様を認めてくれる一番大きな存在を失ったことを受け入れていくには少し時間がかかるような気がしています。
以上、僕の転機について話してみましたが、僕自身、父と惜別をしたこともあり、今、あらたな転機を自ら作り出さなければならないと、そう強く決意しています。もう一度、自分の人生の運命をかけて大きくチャレンジしてみたい、そんな気がしています。
今年は僕にとって30代最後の年です。40代を機に、あらたな一歩を歩みはじめたいとそう思っています。
