人から嫌われたくない人、嫌われてもいいと思う人
人間観察をしようと思ったら、実は色々な切り口がある。今回は、その中から、「人から嫌われたくない人、嫌われてもいいと思う人」という対比をしてみたいと思う。
こんなことを考えるきっかけになったのは、自分の周りにいる友人の一人から、こんな言葉を聞いたからだ。「○○さんは、人に嫌われたくないんですよ」 なかなか的を得ていると思った。その○○さんは共通の友人であるが、確かに日ごろの本人の言動を見ていると、人に嫌われることを好まない、そんな性格が見え隠れする。
疑問を持った人もいるに違いない。「そもそも人に嫌われることを好む人はいるのか」 面白いことに、この問いかけに対する答えは、一通りではない。人から嫌われたくないという思いが強い人は、「人に嫌われることを好む人はいるわけないじゃない」といって、ここでいったんは思考が停止する。
一方、人に嫌われることに対するストレス耐性がある人の場合、次のような答えがかえってくることが多い。「もちろん人から嫌われたくはないが、場合によっては別に嫌われてもいい。すべての人と仲良くできるわけがないんだし、自分を抑えてまで相手に合わせる必要はないんだから。」
人から嫌われたくない人、嫌われてもいいと思う人・・・このどちらに入る人なのか、それは相手の人と接していればわかるものだ。というのも、多くの人はこのどちらかに二極化されているというよりも、相手を見て、「その特定の相手には嫌われたくない」という言動を取るものだが、まれにどんな場合でも(相手がどんな人でも)、まずは人との争いを避けて通ろうという意識が高い人と遭遇することがあるからだ。
このような人は、多くの場合、とても好人物である場合が多い。穏やかな生活で、ゆるやかに人とつながり、あまりガツガツしていない。人と争うことを面倒だと考えている人もいる。
一方、このタイプの人は損をしていることもある。相手の人がその人の真意を読み取れないことがあるからだ。その人の本当の気持ちがわかりにくい場合もあるからだ。このような人物と遭遇した場合の解決方法は、その人とじっくりと、長い視点で付き合ってみることだ。もともと好人物であるから、「嫌われてもいいと思う人」が思っているほど、「人から嫌われたくない人」は何かをガマンしているわけではないのかもしれない。
人と争わず、穏やかに生きることは、人生を豊かに生きること。自分も早く、その域に達したいものだ。
