「マイケルジャクソンの真実」を見て
マイケルジャクソン(以下、MJ)が不慮の死を遂げてから、世界の注目はもう一度彼に集中し、これを機会に彼のファンになった人も多いと思います。記録映画「THIS IS IT」も多くの人が見たといいます。私もその口でした。
MJのアルバムをそろえ、車の中でも自宅でも、MJの曲が流れることも多くなりました。そして数々の追悼番組やコンサートの模様を見ました。ファンの間では有名なブカレストのコンサートの模様は、DVDを買って何度も繰り返し見ました。
ただその中で避けてきたものがあります。
それは1993年にMJが巻き込まれた「児童虐待」、そしてその後の2つの大きな訴訟に関するニュースです。その当時、私は海外で仕事をしていて、まだインターネットで日々新しいニュースを日本語でいつでも見れる習慣も根づいておらず、またNHKのニュースと日本の新聞を見ていても、あまり積極的に詳しい報道(特に真実)はしていないように思いました。このため、児童虐待の訴訟があったことは知っていましたが、詳しくはニュースを追っていなかったのです。
今回、追悼番組の中の一つが、当時の弁護士や関係者に取材して、「MJの真実」として情報を整理してくれていたため、それを見ました。(ただ正直、MJのファンとしては、見るのが少し怖い気もしていました。)簡単に内容を要約します。
義理の息子に強い薬を飲ませて洗脳し、児童虐待を受けたと子供に言わせていた非情な相手に対し、訴訟の直前に25億円もの示談金を払ってなぜ解決しようとしたのか。(結局、MJは訴訟に巻き込まれて長い時間をそれに拘束されることを望まず、示談に応じてしまったのですが、のちにMJはその判断を大きく後悔することになります。)
2回目の大きな訴訟は、有名人にたかることで有名だった家族の話でした。子供3名とその母親、MJへのたかりぶりが本当にひどく、裁判の中で明らかにされた多くの矛盾、そしてその結果、MJは完全無罪となります。MJがいかに傷ついたか、その時の映像を見ていて心が痛みましたが、1度目の示談によっておかした大きな失敗が、2度目のたかりを生んだこと、そして世間もそれを面白おかしくスキャンダルとして執拗に報道したこと、また運悪く、大きな野心を持つ検察官と地元警察からも、MJは不当な扱いを受け続けました。
有名人であること、才能があること、金持ちであること、そしておそらく、誰よりも度欲をしていること、ただそれだけです。一方、本人は生身の人間であり、普通の人間よりも繊細な一面を持ちあわせているようにも思います。
生きいく中で、能力が高まること、成功していくこと、豊かになっていくことは、個人差があるにせよ、努力を続ける人が到達する場所であるのだろうと思います。ただ世の中には、常にそうした人たちを食い物にしようとする多くの人たちもいるのだということを、あらためて感じました。
死んだあとになって、マスコミもこうした「MJの真実」を積極的に報道するようになるというのも、これもまた死んだ人を非難するビジネスから、死んだ人をあがめるビジネスに移行しただけなのかと思うと、有名人もつらいのだろうなと思います。
MJのアルバムをそろえ、車の中でも自宅でも、MJの曲が流れることも多くなりました。そして数々の追悼番組やコンサートの模様を見ました。ファンの間では有名なブカレストのコンサートの模様は、DVDを買って何度も繰り返し見ました。
ただその中で避けてきたものがあります。
それは1993年にMJが巻き込まれた「児童虐待」、そしてその後の2つの大きな訴訟に関するニュースです。その当時、私は海外で仕事をしていて、まだインターネットで日々新しいニュースを日本語でいつでも見れる習慣も根づいておらず、またNHKのニュースと日本の新聞を見ていても、あまり積極的に詳しい報道(特に真実)はしていないように思いました。このため、児童虐待の訴訟があったことは知っていましたが、詳しくはニュースを追っていなかったのです。
今回、追悼番組の中の一つが、当時の弁護士や関係者に取材して、「MJの真実」として情報を整理してくれていたため、それを見ました。(ただ正直、MJのファンとしては、見るのが少し怖い気もしていました。)簡単に内容を要約します。
義理の息子に強い薬を飲ませて洗脳し、児童虐待を受けたと子供に言わせていた非情な相手に対し、訴訟の直前に25億円もの示談金を払ってなぜ解決しようとしたのか。(結局、MJは訴訟に巻き込まれて長い時間をそれに拘束されることを望まず、示談に応じてしまったのですが、のちにMJはその判断を大きく後悔することになります。)
2回目の大きな訴訟は、有名人にたかることで有名だった家族の話でした。子供3名とその母親、MJへのたかりぶりが本当にひどく、裁判の中で明らかにされた多くの矛盾、そしてその結果、MJは完全無罪となります。MJがいかに傷ついたか、その時の映像を見ていて心が痛みましたが、1度目の示談によっておかした大きな失敗が、2度目のたかりを生んだこと、そして世間もそれを面白おかしくスキャンダルとして執拗に報道したこと、また運悪く、大きな野心を持つ検察官と地元警察からも、MJは不当な扱いを受け続けました。
有名人であること、才能があること、金持ちであること、そしておそらく、誰よりも度欲をしていること、ただそれだけです。一方、本人は生身の人間であり、普通の人間よりも繊細な一面を持ちあわせているようにも思います。
生きいく中で、能力が高まること、成功していくこと、豊かになっていくことは、個人差があるにせよ、努力を続ける人が到達する場所であるのだろうと思います。ただ世の中には、常にそうした人たちを食い物にしようとする多くの人たちもいるのだということを、あらためて感じました。
死んだあとになって、マスコミもこうした「MJの真実」を積極的に報道するようになるというのも、これもまた死んだ人を非難するビジネスから、死んだ人をあがめるビジネスに移行しただけなのかと思うと、有名人もつらいのだろうなと思います。
